プロフィール

tawara777

Author:tawara777
私の時事放言ブログへようこそ!

時事放言の他にも色々書きます。
「掲示板」です。どんなご意見でも投稿を是非お願いします。

最近の放言

最近のコメント

過去の記事

カテゴリー

リンク

リンク

【とにかく、前向き!!ひかりの新聞情報源!】


生 前 告 別 式
お知らせ
このブログでは迷惑コメント設定により
コメントがすぐに表示されないことがあります。
老いては駑馬となる。
2016/12/01 [Thu]19:11
category:放言
『駿馬も老いては駑馬(どば)となる』
 戦前、今のような学区制がないとき、、旧制小倉中学は、北九州一円は勿論,日豊線沿線,遠賀郡を含む筑豊、山口下関から天下の秀才が集まってきた。超難関の旧制高校、特にナンバースクールには席次が50番以内なら合格可能。難関の、陸軍士官学校、海軍兵学校には150番以内。近辺の中学校では、合格は、トップクラスの3,4人。人権意識の強い現代人には想像もつかないだろうが、以内にいないと”時間の無駄”と内申書を書いてもらえなかった。学区制はそもそも戦争中、軍人や物資の輸送と、エネルギーの節約に加え、学徒の体力増進のため考えされたものである。従って学校の二つか三つ手前の停留所から歩かされていた。私は昭和16年、学区制ギリギリで小倉中学に受験することができた。戦争酣(たけなわ)で、紙がなく幸いなことに、試験は口頭試問と鉄棒の懸垂だけだった。小学5年の2学期、3学期病気で休んだだけに、まぐれで合格したのではと思っている。
 案の定、入学したものの287人中256番。夏休み中父にスパルタで鍛えられ、2学期は104番上がったのを鮮明に覚えている。
2年後半から農家の手伝いに、3年から学徒動員で陸軍造兵廠で、昼夜二交代勤務で敗戦まで働き、学校に戻ったものの本(占領軍の命令で黒塗り)もノートもなく、ご飯も大根メシで辛うじて勉強したものだ。戦後、50番以内になったため内申書を書いてもらえて、鹿児島の七高を受けたが見事不合格。翌年から占領軍の命令で6,3,3の学制改革で、学校は混沌状態
。20年8月8日八幡大空襲で我が家は焼け、父の里・岡垣に疎開したものの、復員列車で超満員での通学。今でも痛恨の極みは、一番記憶力の旺盛な中学3,4年に勉強できなかったことだ。
 愚痴はさておき、馬齢を重ねて77年、さしもの駿馬?も老いて、頭はマアマアだが、靴下履くのもままならず、杖を突いて歩くありくさま。しかし考えてみれば、私より若い東京の佐代子さんや天草の故郷に帰った田中安子さんが、共に激しい腰痛のため入院し苦しんでいるのからみれば、私は歩けるだけ幸せかなと想っている。
 人間の体は不思議なものだ。連日休むことなく時計のように心臓がコチコチと動いていることだ。しかし日に日に死に近ずき、いずれ心臓も止まるだろう。その時は長い間、ご苦労さんとお礼を言ってこの世と別れたいものだ。

  COMMENT(0)
この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


広告エリア

企画工房 ウイング
プロバイダー7
プロバイダー
結婚
ネットプリント

国内旅行

クリック募金     

クリックで救える命がある。

  

人気ブログランキングへ





国内格安航空券を
価格比較!


国内ツアー
国内格安航空券
海外ツアー
海外格安航空券
格安旅行探しの
決定版!Travel.jp

ブログ内検索

このブログをリンクされるときは必要であれば下記のバナーを、右クリック→名前をつけて画像を保存 で お持ち帰り、ご利用ください。 生前告別式ブログ