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悲劇の俳人・久女
2015/05/16 [Sat]10:40
category:放言
資料集めに10年、執筆に3年かけ山青邨に師事し俳人で東洋大学教授・坂本宮尾女史の書いた『美と格調の俳人・杉田久女を十日間かけてやっと読み上げた。
久女をモデルに悪意に満ちた松本清張「菊枕」、吉屋信子「私の見なかった人」,
高浜虚子
「国子の手紙」>で、世間に狂女の印象を与えた。
しかし、著名な評論家・山本健吉氏は「彼女はおそらく、近代女流俳人中、随一の天才的な作家であろう」と述べ、「ホトトギス」同人から除籍し、久女を苦しめた高浜虚子でさえ、久女の死後「久女さんの俳句は天才的で雑詠欄で特別輝いていた」と褒めていた。ホトトギス派の著者も、数多く作品に解説を加え「あとがき」で絶賛している。
久女は、当時女性として最高で難関校の御茶ノ水高女で学ぶ才媛で、上野美術学校(現東京芸大)卒の杉田宇内に将来の画家夫人を夢見て嫁いだ。
ところが、宇内は30数年間勤めた小倉中学の教育に埋没し、画筆を取ろうとはしなかった。そのストレスの解消に兄から手ほどきを受けた俳句に没入した。”足袋つぐやノラともならず教師妻”にあるように安月給に嘆いていたようだが、当時、製鉄の作業員でも4,50円、小学校の校長だった父が110円か20円、30年勤務の母が80円時代に、夫の宇内は美校出でおそらく200円と想像される。彼女の略年賦をみると東京、横浜、長野、松山、出雲、熊本、近辺もあちこちと出歩いている。三河の素封家生まれの明治男が時々癇癪したもののよく我慢したもんだ。この逆境こそが天下の名俳人を生んだのではなかろうか。
恩師・宇内先生は、ニックネーム・バネさんといって実直な先生であった。美校卒業後定年まで小倉中学一筋で、美術は中学5年間で2年か3年の1年間それも1週間に1時間だけ。その僅か50分の授業の20分間を生徒の氏名をフルネームを覚えるのに費やした。驚くことに、1期生から私たちの35期生までの生徒全員の名前をフルネームで覚えておられた。旧小倉市から教育功労表彰も受けていた。
一年に一度の同窓会総会に、三河の山奥から出席した先生は各期から引っ張りだこだった。
『閑話休題』 久女に話を戻すと、彼女ほど多くの方から論評され、小説、芝居、テレビのドラマのモデルになった俳人はいないのではないか。彼女は頑固な夫に仕え二人の娘を育て、炊事洗濯をこなし、驚くことに、漢字で書かれた万葉集や古事記、変体仮名で書かれた源氏物語を読み、多くの優れた俳句を詠んでいる。
生意気で口さがない私たちは、偉大な俳人と知らず、バネさんの奥さんはヒステリーで朝もロクロク食事もしないそうだと陰口をたたいたものだ。茲に冥土の杉田先生夫妻にお詫び申し上げます。。中学1年の教室から瀟洒な西洋間が見渡せたが、それが久女も俳句の指導に度々訪れ、虚子を招いて句会を開いた橋本多佳子の櫓山荘とこの本で知った。
「ホトトギス」同人からの除名の理由を著者はるる述べているが、私はそれに加えて虚子をはじめ小倉在住の横山白虹たち俳人の、久女の才能の嫉妬ではないかと思われる。
代表的俳句を三句
   谺して 山ほととぎす ほしいまま
   花衣 ぬぐや纏る 紐いろいろ
   磯菜つむ 行手いそがん いざ子ども

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