プロフィール

tawara777

Author:tawara777
私の時事放言ブログへようこそ!

時事放言の他にも色々書きます。
「掲示板」です。どんなご意見でも投稿を是非お願いします。

最近の放言

最近のコメント

過去の記事

カテゴリー

リンク

リンク

【とにかく、前向き!!ひかりの新聞情報源!】


生 前 告 別 式
お知らせ
このブログでは迷惑コメント設定により
コメントがすぐに表示されないことがあります。
原田さんの情報には驚く。
2014/08/10 [Sun]16:13
category:放言
 

原田さんの情報、“翁の後輩”さんの古(いにしえ)の黒崎の歴史の詳しいのには驚く。
特に市長選での自民党の内部事情の詳細を、恐らくマスコミも情報を得ようと、原田氏に殺到するのではないか。
ガセネタかもしれないが、自民党の大実力者・麻生副総理は、三原朝利の市長候補に反対で?、同じ派閥の西川京子を市長候補にと思っているフシがある。落ちれば、それなりのポストに抜擢するのではないか。 
何れにしても自民党内は、朝利の立候補を巡って大荒れに荒れそうだ。自民党八幡西支先部は7対5で推薦を決定しているが、慌てる乞食はもらいが少ない、この選挙は、三原家の様相を見せている。先にも述べたように東大出て頭は良いかもしれないが常識がない。しかも何度も司法官試験を受けたらしい。
絶対、原田氏のコメントから目が離せない。
選挙の怨みは末代まで続く。桑原、くわばら


インターネットの字が小さくて、大きな天眼鏡で視ても2.30分視たら目や頭が痛くなる。ブログの字を大きくすれば、漢字と漢字が重なって、読みづらくなると悪評サクサク。
  COMMENT(22)
この記事に対するコメント
やがて自民党へ接近、共産党を袖にして相乗りオール与党
 以前書きましたが、若いころ東京にいたころ、美濃部亮吉という「都民党」を造語しただけで東京都をメチャクチャにした革新学者知事がいましたが、友人の多くがいまも住む神奈川県に、こちらは長洲一二というマルクス経済学者が、1975年から5期20年間知事で君臨しました。

 長洲一二はやがて自民党へ接近、共産党を袖にして相乗りオール与党の先鞭役で有名になりました。長洲一二は「地方の時代」とか、「グローバルに考え、行動はローカルで」とか、徳のない巧言令色を連発、神奈川県には、その20年間何の進歩もありませんでした。その間に千葉には幕張副都心とか、東京ディズニーランド誘致とか、はるかに神奈川を超えるものが出来ました。なんかどこかで聞く話と似ている。(翁の後輩)
【2014/08/19 20:17】 URL | 翁の後輩 #- [ 編集]

市議団 自民党改革派②
谷市政では、北九州市民の水の問題を、夏場で水不足にならないように山国川からの水の導水、モノレールの建設により交通渋滞の緩和等、末吉市政ではエコタウン建設をはじめとする、次々に中央官庁の仕組みを知り尽くし、予算を獲得し稀にみる卓越した手腕で、都市の整備を行った、両市長は執行部としての、けじめをきちんとした威厳が有った。北橋は中央官庁に行っても、全く相手にされない現実がある、民主党出身の悲哀が降りかかっている。北九州市民にとっても 大いにマイナスである。   この項続く
【2014/08/19 19:41】 URL | 九州西安建築設計有限公司・原田進 #- [ 編集]

神輿は軽くてパーが良い
 ちょっとご先祖に縁のある板櫃河口の「平松神輿」は、小倉祇園の先陣の誉れで、歴史的にも文化的にもちょっと誇れるものです。
 それに比べ、まさか曽根や貫の神輿は、「軽くてパーが良い」伝統があるんではないでしょうね。
 「~~先生が視察でご上京され、議員会館にお立ち寄り下さいました。いつも心あたたまるお励ましをありがとうございます」なんて八幡東のサトシ君もまるで「オヤッさんの使いっぱ」だのぉ。(翁の後輩)
【2014/08/19 09:59】 URL | 翁の後輩 #- [ 編集]

市議団 自民党改革派①
本日自民改革派と名乗る 情報誌からFAXを受けました今日から少しずつ公開いたします;来年行われる北九州市長選に北橋が三期目を目指すという。自民党として独自候補を出すという麻生副総理の意見を取り入れず、今の北橋市長に勝つ候補者がいないから自民党も相乗りで北橋を推薦すると言う。片山、佐々木、中島、らの議長経験者を中心に数の力で決めると言う、それは市長が 片山、佐々木、らの言うことを何でも聞くからで、神輿は軽くてパーが良いということであり、いわば私利私欲であり、北九市民の将来や、都市構想のビジョンや、少子高齢化対策等考えることもなく、人事迄もいうことを聞くからであり、この二期の北橋市政を考えればすぐわかることだ;   この項続く
【2014/08/18 22:18】 URL | 九州西安建築設計有限公司・原田進 #- [ 編集]

40歳代のあっちこっちの県議や市議
 40歳代のあっちこっちの県議や市議が妙なことやったり言ったり~(突然、首長へ立候補意思表明の三世某クンも同類か)~これらは偏差値教育が生んだ産物なのか。

 北海道では「アイヌ民族はもういない」と放言、放送記者サンにマイクを突き付けられると「だってそうでしょ?」と、挑戦的な顔の札幌市議のあんちゃん、どこかおかしい。

 北部九州に戻ると、これまた実に古い世界。市長と市議団が大政翼賛会的行動を善とするような空気に、政界ボスへの全権委任的なムードをこれまた善しとするような気配が感じられる秋となってきたような気がします~(翁の後輩)
【2014/08/18 20:08】 URL | 翁の後輩 #- [ 編集]

歓楽街もあれば、高級な店もあった
 翁の伝言をやじ馬根性さんから聞きました。それでは現状での視聴率維持に向け頑張りましょう。
 八幡東区の千草ホテル~ホームページ見ると、戦中、戦後にすでに「ホテル」となっているが、地元の人はずっと「旅館」と呼んだ感じですね。まぁ、その後の中央区マルブツにしたって、戦前からのマルキュウ(九軌デパート)がずっとずっと通名でしたから。

 それから千草ホームページにあるK社長、なんだぁ~九大工学部に行った~中学、高校の後輩。スッカリ地元財界人の顔です。ところで中央区は不思議な街でした。あの狭いところに歓楽街もあれば、高級な店もあった。製鐵所を取り巻く雑多な施設、ひとびとがあってこそ文化が生まれ、人材も出る。まさに製鐵ご城下。あのころ、博多人形ぐらいしか工業がなかった博多なんか問題じゃなかった。(翁の後輩)
【2014/08/18 14:42】 URL | 翁の後輩 #- [ 編集]

翁の伝言
原田さん、翁の後輩さん いつもコメント頂き有難う御座います 近々 医者をしている孫からパソコン 送ってくれると云うので、今 暫くブログの更新 待ってください それと 原田さん 心温まる ご招待 感謝しています 暑さが酷くなります 皆さん元気出して頑張って下さいーーーと翁の伝言です
【2014/08/18 12:02】 URL | やじうま根性 #- [ 編集]

世間は狭い!原田さん、本当ですか!!!
 わたしの小学同級生に原田くんというのがいましたが、おやじさん中津近郊の今津、お母さんは耶馬渓線のどこかでした。やがて野口くん、甲斐くんというのが、いまのスピナ帆柱店あたりに転校したので、遊びに行ったときの話なんです。

 まだ八幡駅は2代前~黒崎寄りに移動、民衆駅として新設される前で、いまの西本町1丁目を線路に向かったところだったか、煤煙ですすけた木造の駅でした。春の町は駅前でにぎやかで、千草ホテルも千草旅館と言ってたか~現社長は、九大経済出のムコさんとのち聞いた気がするが、そうなら籾井NHK会長サンと同期あたりか~(翁の後輩)
【2014/08/17 17:09】 URL | 翁の後輩 #- [ 編集]

大分県人
パソコンの調子が悪く ブログを書けませんでした 翁の後輩さんの言うとうり 私の親父もスピナ帆柱店の近くに家を建てました 今はその家は兄が住んでいますが 母も大分県人 親父の隣町で今は10年ほど前 両親の街とも豊後高田市に吸収合併されたみたいです、また大手各社大分県人会なる者が有 親睦を深めていたみたいです 、きょうは八幡西区の松尾県会議員のパーティーがあるので( 一部の講演会は 俳優の津川雅彦の講演の様です )今から出かけます。場所は小倉のリーガーロイヤルホテルです 会費は1万円 高額ですね~
 
【2014/08/17 16:24】 URL | 九州西安建築設計有限公司・原田進 #- [ 編集]

いまのスピナ帆柱店付近
 春の町から上って行く、いまのスピナ帆柱店付近にはむかし、地域一帯が大分県出身者ばかりというところがありました。父親は製鐵もしくはその関連で働き、母親は大分の郷里から嫁に来たというような家族ばかりでした。
 その子どもたちはすっかり八幡っ子ですが、おいちゃん、おばちゃんの大分弁には一部わからないところがあって、聞き返した~そんな思い出があります。もう相当むかしの話。当時の春の町には活気がありました。(翁の後輩)
【2014/08/16 13:20】 URL | 翁の後輩 #- [ 編集]

豊前、豊後人脈とすべきでした
 原田さん、失礼しました。国東は豊後ですね。コメントは豊前、豊後人脈とすべきでした。
 ところで八坂神社、そういうわけで発祥の地の平松神輿が常に先陣となってきました。オリンピックでギリシャが先頭のようなものです。(翁の後輩)
【2014/08/16 10:20】 URL | 翁の後輩 #- [ 編集]

豊前人脈がエネルギーになった北九州の歴史
 原田家の「人間ストーリー」、豊前人脈がエネルギーになった北九州の歴史の貴重なひとコマに重なります。ご尊父のご苦労に加え、最後にあるご母堂の長寿はめでたいし、ほのぼのとしたものを感じます。たぶん、翁もやじ馬根性さんも印象深く読まれたでしょう。

 国東半島にご縁があると言えば、豊後高田出身の博多市長のあんちゃんもいい悪いは別に~北九州経済引力圏で昔なら小倉に定住したはずだろうに。

 八坂神社~本来、小倉日明の板櫃河口の平松に殿様が造った祇園社が、昭和ヒトケタ時代に小倉城内に移された。それからは軍都小倉の守護神みたいに。板櫃中流の到津神社はもっと古いが、到津神社の有力氏子もやがて八坂神社に寄付をするようになった。(翁の後輩)
【2014/08/16 09:00】 URL | 翁の後輩 #- [ 編集]

墓参り
今日で盆も終わり 当方の墓は本来は親父の里である 大分の国東半島であるが 親族会議により 小倉の八坂神社の移転した為 八坂神社の納骨堂にお参りをしました、親父は明治の生まれで 八幡製鉄所に入職 55歳で定年 その後三菱化成に60歳までいました 親父は戦争に2度行き 外地にも行ったそうですが 太ももに鉄砲傷がありました 勲章をもらい その勲章を懐中時計につけていましたが 63歳であの世に行き 年金があまり貰えず損をしたと思っていたが おふくろが96歳まで生き 親父の年金をもらっていたので 何倍も取り戻したようです 。
【2014/08/15 21:54】 URL | 九州西安建築設計有限公司・原田進 #- [ 編集]

地元に40代の若いひとはいないのか
 原田さんには市長さんはごく身近なひとなんですね。わたしは面識もないから、勝手なことを言いましたが。
 地元に40代の若いひとはいないのか、でもガキのころから「よう出来る」と、甘やかされた東筑、東大中退、外務省経由~この地元出身は、これまた人格に問題があるし~(翁の後輩)
【2014/08/14 08:36】 URL | 翁の後輩 #- [ 編集]

北九州市長選26
今日から 盆 ですね 昔昔一度 北橋さんが盆まいりをするのに 運転手が休み 代わりに私が車を運転した記憶があります 八幡から戸畑 若松と回り 夜は各地の盆踊り大会を梯子し その後二人で黒崎で一杯飲み 又明日もあるからと別れましたが あの頃は衆議院 だから こちらの方が 頭の下げっぱなしでしたが この頃は市長だから立場が違い向こうの方が頭を下げてくるようです やはり市長さんよく来てくれましたと皆さん歓迎してくれるようです。
【2014/08/13 20:30】 URL | 九州西安建築設計有限公司・原田進 #- [ 編集]

東芝工場が撤収発表したとき、まず労組に駆け込んだ
 原田さんは「あれだけの行動をするというのは非常に忍耐と努力~」とおっしゃるが、あまりに票田にどん欲で、利己的、保身的というのが実は実態では。

 東芝小倉工場が撤収発表したとき、まず労組に駆け込んだ市長にはあきれました。東芝社長にむかって引き止める「北九州社長」の対決であるべきでしょう。それに、市長がイベント、夏祭りをハシゴし、駆け回るのは、まぁ本来市会議員のやること。またこれはヒナ、高崎山のサルという票田での餌付けの姿~まるで北九州は北橋養鶏場ではないですか。

 アサトもそうだが、なら、なぜ官僚への高速道路、東大法に進んだんでしょうか?~「うそ臭い寅さん映画」で有名なY監督も、衆愚に東大法卒を売りにしている。中央官僚目指すも当時の空気を見て方向転換。鎮西の一角、北九州を支配しているのではないでしょうか。われわれはニワトリ、あるいはわれわれは衆愚(と思っているはず)という身分であり、それを支配、コントロールしたい人ではないか。

 昔々話ですが、旧社会党に成田知巳委員長(東大法)が就任するとともに党勢が急速衰えました。昭和53年まで、博多の人口は北九州市を下回った。だが、今では150万人を超え、北九州市の1・5倍以上という残酷な事実。昭和61年から労組というコヤシで代議士稼業~いや地元代議士だったからこそ市長サン、大きな責任がありますゾ。(翁の後輩)
【2014/08/13 16:50】 URL | 翁の後輩 #- [ 編集]

北九市長選26
本日の翁の後輩さんの記事を見て    この頃の新聞各社 市長選の記事を数多く掲載しているようで 我々は市長の行動パターンを良く知っているから あまり驚かないが やはり各級議員さんは目を見張るものがあるようです しかし9区の民主系議員は市長の事をよく知っているが あまり真似をしないようです、わかっているが真似できない やはりあれだけの行動をするというのは非常に忍耐と努力が必要なのです 。
【2014/08/12 20:42】 URL | 九州西安建築設計有限公司・原田進 #- [ 編集]

北九州市の1・5倍以上となっている
 翁が推薦する産経新聞に掲載された「北九州再興への選択」上中下をネットで読みましたが、現市政の問題点を突いています。どうも産経のトーンは「サヨナラ現市長」調です。

 産経曰く、
 前回選挙で北橋を支援した中堅企業の社長は、次は応援しないという。「福岡はあれだけ元気なのに、北九州の繁華街はあまりに寂しい。『緑の成長戦略』となどと、かっこいい理念は言いよるんですよ。でもビジネスとして結果が出ていない。商店街や中小企業への対策にも工夫がないんだよね」
 ある土曜日、市内を精力的に駆け回る市長。午前、八幡西区で「子どもサミット」、東区の枝光八幡宮の祇園祭り見学。続いて若松区と小倉南区の小学校2校の祭りに顔を出した。
 小倉北区で「国連ウィメン」式典に出席したと思えば、日も落ちかける頃に、「戸畑祇園大山笠」の会場に到着。その後、小倉南区内の2カ所の夏祭り会場を、はしごした。
 独自候補擁立を目指す地元の自民党議員は、 「365日、選挙運動をやっているようなものだ。だから選挙に強い。勝てる候補なんて、なかなかいない」
 JR小倉駅北口での球技場建設を表明したのは昨年6月。市議会での言及から、5年4カ月が経過していた。「フレンドリーな市長として評判を高めたが、経済面での能力にはクエスチョンマークだ」と、市政1期目に市議(自民)は工場誘致の失敗が続いていると問い質した。
 ある県内の首長経験者は「市長の仕事は自分で決断し、その決断に責任を負うこと。~市民や職員労組の意見を聞き、配慮してばかりで、施策にスピード感がない」と指摘する。~~照的なのが福岡市だ。昭和53年まで、福岡市の人口は北九州市を下回った。だが、今では150万人を超え、北九州市の1・5倍以上となっている。
【2014/08/12 18:22】 URL | 翁の後輩 #- [ 編集]

北九州市長選25
昔昔 文部大臣になった三原朝雄さん わずかひと月の大臣でしたが 新日鉄の体育館で就任披露だったか 退任披露だったかわからないが 大パーティーを行ったのを覚えています。今日マスコミ注目の自民市議団の団会議が行われた 役所内にマスコミ関係の人 30数名が押し寄せ 皆さんびっくりの人数でしたが 今日は北橋市長推薦の採決は行われなかったようです ただ北橋市長より会派推薦の依頼がありましたと 団長が皆さんに伝えただけで終わったようです、まだ正式に市長出馬宣言をしたわけではなく 正式推薦はまだ早いようですが マスコミ諸君は少しがっかりしたようです。
【2014/08/11 21:04】 URL | 九州西安建築設計有限公司・原田進 #- [ 編集]

都合29日間、文部大臣だった初代朝やん
 初代朝やんの記憶がだんだんあいまいになってきました。正確を期すためよく調べると、朝やんは1974年(昭和49年)11月11日から12月9日までの第2次角さん改造内閣で、都合29日間、文部大臣でした。

 ところが、この内閣改造直後に角さんの「金脈問題」が発生し、改造15日後に角さんは退陣表明。改造して28日後の12月9日に内閣は総辞職した。まぁ、改造15日後に角さんは退陣表明したのですから、その時点から相撲で言う「死に体」内閣~「死に体」が2週間ほど続いたわけです。(翁の後輩)
【2014/08/11 18:01】 URL | 翁の後輩 #- [ 編集]

朝やんをテキトーな大臣に任命するのでは
 来月初めの内閣改造で安倍シンゾーは、二代目朝やんをテキトーな大臣に任命するのでは~という気がします。現状、三原ファミリーが引き起こす今回の混乱の火消しか、うやむや(話題切り替え)にするため、時期的にもチャンスではないでしょうか。

 タローも菅官房長官も続投というから、「そろそろ大臣、地元で”男”にしてやってくれれば」という声もありそう。思えば、はるか昔、防衛政務次官が勲章の始まりだった初代朝やんが初めて大臣になったのは、角さん内閣だったか~。解散直前、わずか1週間、文部大臣だったかを務めました。(翁の後輩)
【2014/08/11 15:55】 URL | 翁の後輩 #- [ 編集]

「苦を分かち合う心情」で見事な正義ではありましたが
 原田さん、飲み屋サンでの光景が目に浮かびます。
 「~~はどんどん伸びている この様なことでいいんですか~」とおっしゃる人の顔も想像できます。

 ところで確かに震災ガレキ受入れは、「苦を分かち合う心情」で見事な正義ではありました。でも北九州が「製鉄の街としてつながりが深い」釜石~~というのはやはり後付けですよ。釜石は富士製鐵の街。八幡の人間は富士製鐵は知らない。やはり、大向こうを意識し「日本中から注目されたい」が一番の目的だったでしょう。

 その前に~その前に~飲み屋サンで焼酎(?)のコップを傾けながら「私は八幡生まれの八幡育ち この八幡に愛着がある 黒崎商店街 昔は多くのにぎわいがありました 今や閑古鳥 誰かこの現状を打破する人が現れないですかね」と言ったそのお客さんを代表に地元の気持ちを大事にしてほしいですね。お客さんは焼酎でなく高級冷酒だったかもしれませんが。(翁の後輩)
【2014/08/11 13:51】 URL | 翁の後輩 #- [ 編集]


この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


広告エリア

企画工房 ウイング
プロバイダー7
プロバイダー
結婚
ネットプリント

国内旅行

クリック募金     

クリックで救える命がある。

  

人気ブログランキングへ





国内格安航空券を
価格比較!


国内ツアー
国内格安航空券
海外ツアー
海外格安航空券
格安旅行探しの
決定版!Travel.jp

ブログ内検索

このブログをリンクされるときは必要であれば下記のバナーを、右クリック→名前をつけて画像を保存 で お持ち帰り、ご利用ください。 生前告別式ブログ