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残虐な支那人ー通州事件。
2012/10/14 [Sun]14:55
category:放言
岩田 収司

支那ではこの様なあまり知られていない事件も有ったのですね。
今でも連綿と持ち続ける支那人の残忍、残虐性が良く判ります。


★★★★★★★★★
日本の心を伝える会  メールマガジンNo.579  2012/9/24>
★★★★★★★★★
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■□【1】通州事件 昨今、支那の反日蛮行が大分伝えられるようになりましたが、私達は支那人という民族が、彼らの言う「愛国無罪」という状態になった時、どういう事が行われる事になるのか、きちんと知っておく必要があると思います。

中でも今回ご紹介する「通州事件」は、ある意味、支那事変、大東亜戦争への入り口となった大事件であり、戦前には、日本人の常識となっていた有名な事件でありながら、戦後はまったく封印され、知る人自体が少なくなっているたいへんな事件です。

そこで今日明日の二回にわたり、「通州事件」について、その概略をみてみたいと思います。
事件は、75年前の7月29日に起こりました。 場所は北京から東に十八キロほど下った通州という街です。
通州は、明朝時代に城壁が築かれた街で、天津からの集荷の拠点として栄えた運河の街です。
> ここは当時の支那にあっては、たいへん治安の良い街でした。 なぜならその小さな街に、日本軍が駐屯していたからです。
規律正しく公正な日本軍は、当時の支那にあって、どこの街でも庶民から歓迎されていたのです。
ところが、治安の良いはずのその通州で、昭和十一(1936)年頃から不穏な空気が漂いはじめたのです。
> 最初に騒ぎはじめたのが朝鮮人たちでした。 なぜかさかんに日本の悪口や、日本人の悪口を言いふらすようになったのです。
彼ら朝鮮人はしきりに「日本は悪い国だ、朝鮮を自分の領土にして朝鮮人を奴隷にしている」、そして「今度は支那を領土にして支那人を奴隷にしようとしている」などと根拠のないデタラメを半ば公然と吹聴しはじめました。
悪口はだんだんにエスカレートしました。
> 昭和十二年頃になると「日本軍と日本人を追い出さなければならない。いや日本人は皆殺しにしなければなない」等と言い出すように迄なってきたのです。
そうした情報はもちろん現地に駐屯していた日本軍にの耳にも入りました。
> けれど、現地の日本軍は「そのような根も葉もない噂など相手にする必要はない」と、まるで問題にしませんでした。
日本人は物事を客観的に捕らえようとします。 これは日本人にとっては、ごく「あたりまえ」のことです。
けれどそれは、日本人の良い面であると同時に、極端に悪い面といえるかもしれません。
どういうことかというと、無教養で粗暴な朝鮮人たちにとっては、「事実はまるで関係ない」からです。
逆に根も葉もないデタラメだから、余計に興奮し感情的になる。 それが昔から変わらぬ朝鮮人の性質です。
実際には、そうした噂話を広めたのは、支那人の工作員だったと言われています。
そして根も葉もないことで簡単に興奮し熱くなり、燃え上がり、舞い上がるのは、古来変わらぬ朝鮮人の特徴です。
支那の工作員にとっては、これほど利用しやすい馬鹿民族はいない。

事件は昭和12年7月29日の午前3時に起こりました。
とつぜん通州にいた冀東防共自治政府の保安隊(「張慶餘」が率いる第一総隊と「張硯田」が率いる第二教導総隊)合わせて三千人が、通州にいた日本軍を襲撃したのです。
このとき、通州にいた日本人は僅か380名です。このうち軍関係者(男)は110名。残りは全員が婦女子です。
不意をつかれた日本兵は、それでも獅子奮迅の防戦をしました。けれど3000名対110名では勝負になりません。
襲撃開始と同時に日本兵30名が死亡してしまいます。
そして日本の兵隊さんたちが、必死で防戦をしている間に、支那人の学生や朝鮮人の若者たちが、日本人の居留区を襲撃したのです。
そして日本人居留民260名を、一夜のうちに極めて残虐な方法で殺害しました。
虐殺現場を目撃した萱島高氏が東京裁判で行なった証言です。
> ~~~~~~
旭軒(飲食店)では40から17~8歳までの女7、8名が皆強姦され、裸体で陰部を露出したまま射殺されており、その中の4、5名は陰部を銃剣で刺殺されていた。
商館や役所に残された日本人男子の死体はほとんどすべてが首に縄をつけて引き回した跡があり、血潮は壁に散布し、言語に絶したものだった。
通州救援の第2連隊歩兵隊長代理を務めた桂鎮雄証人の供述です。
近水楼入口で女将らしき人の死体を見た。足を入口に向け、顔だけに新聞紙がかけてあった。
本人は相当に抵抗したらしく、着物は寝た上で剥(は)がされたらしく、上半身も下半身も暴露し、四つ五つ銃剣で突き刺した跡があったと記憶する。
> 陰部は刃物でえぐられたらしく、血痕が散乱していた。 帳場や配膳室は足の踏み場もない程散乱し、略奪の跡をまざまざと示していた。
女中部屋に女中らしき日本婦人の四つの死体があり、全部もがいて死んだようだった。折り重なって死んでいたが、一名だけは局部を露出し上向きになっていた。
帳場配膳室では男一人、女二人が横倒れ、或(ある)いはうつ伏し或いは上向いて死んでおり、闘った跡は明瞭で、男は目玉をくりぬかれ上半身は蜂の巣のようだった。
女二人はいずれも背部から銃剣を突き刺されていた。 階下座敷に女の死体二つ、素っ裸で殺され、局部はじめ各部分に刺突の跡を見た。
一年前に行ったことのあるカフェーでは、縄で絞殺された素っ裸の死体があった。  その裏の日本人の家では親子二人が惨殺されていた。
子供は手の指を揃(そろ)えて切断されていた。
南城門近くの日本人商店では、主人らしき人の死体が路上に放置してあったが、胸腹の骨が露出し、内臓が散乱していた。
この近水楼を襲撃したのは武装した黒服の学生団と保安隊です。
彼らは女中数名を惨殺、残る十数名の男女従業員・宿泊客に対して金品を強奪した後、全員を麻縄で数珠繋ぎにして銃殺場に引き出し、処刑したのです。
支那駐屯歩兵第2連隊小隊長桜井文雄証人です。
> ~~~~~~
守備隊の東門を出ると、ほとんど数間間隔に居留民男女の惨殺死体が横たわっており、一同悲憤の極みに達した。
「日本人はいないか?」と連呼しながら各戸毎に調査していくと、鼻に牛の如く針金を通された子供や、片腕を切られた老婆、腹部を銃剣で刺された妊婦等の死体がそこここのゴミばこの中や壕の中から続々出てきた。

ある飲食店では一家ことごとく首と両手を切断され惨殺されていた。婦人という婦人は十四、五歳以上はことごとく強姦されており、全く見るに忍びなかった。
旭軒では七、八名の女は全部裸体にされ強姦刺殺されており、陰部にほうきを押し込んである者、口中に土砂をつめてある者、腹を縦に断ち割ってある者など、見るに耐えなかった。 東門近くの池には、首を縄で縛り、両手を合わせてそれに8番鉄線を貫き通し、一家6人数珠つなぎにして引き回された形跡歴然たる死体があった。 池の水が血で赤く染まっていたのを目撃した。
> この桜井小隊長は、事件後に現地に調査に入った人なのですが、文中にある旭軒での出来事を、まるごと目撃したSさんという女性の体験談もあります。

この女性は支那人の妻となっていて事件に遭遇しました。
支那人と思われていたため、被害には遭わなかったのですが、事件の惨たらしい様子を逐一見る羽目になったのです。

テーマ:中国問題 - ジャンル:政治・経済

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