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2011/12/19 [Mon]09:04
category:日記
『我らがスター”健さん”が高齢、80歳で車を運転して接触事故、松竹映画「七人の刑事」をつくった大槻義一(84歳)夫妻が揃って同日同時刻、死去しているとは?、救急車が事故現場に到着する時間が一番、遅いのは東京都』
 「網走番外地」シリーズから、あの Happy を貧しい我が家にもたらしてくれる「幸福の黄色いハンケチ」まで、男の意気と悲哀を演じて、われら Old Boysにとっては、憧れのスター ”健さん”こと 高倉健(80歳)が「傘寿」の高齢にもかかわらず、交通事故をおこしてしまった。と云っても大したコトではなく、12月15日夕、午後5時すぎ、東京都目黒区中目黒の都道で、乗用車を運転中、右に車線を変えようとして寄せ、すでに右車線を走っていたタクシーと接触し、チョットとした擦過傷をそのタクシーに与えただけである。われら”健さん”にも、相手側のタクシー運転手にも、ケガひとつない。警視庁はとくに交通事故事件として立件していない。

 これに反して、こちらの方は少し哀れさを催す映画界の出来事である。あの天才監督、木下恵介が大活躍していたころ、「二十四の瞳」などに脇役として出て、のちに映画監督に転向した大槻義一(84歳)が同年齢の奥さん、千枝子さんと、東京都新宿区にある高層マンションの自宅で、机をハサんで、向き合うようにして、ともにパジャマ姿で死亡しているのが、12月12日夜、発見された。大槻義一は、チョッと、血をはいたあとが見られるが、奥さんの方はグッタリ倒れていた。発見のキッカケは、週三回、夜間、高齢者の大槻夫婦のため、お風呂入り、身体洗いなどを、助けに来ていた介護ヘルパーのオバさんが、玄関ドアを締めっぱなしにし、ベルを何回、押しても出て来ないのを「オカしい」と思い、警視庁四谷署に電話して、警察官にこじ開けてもらい、大槻義一夫妻の遺体を発見したのであった。警視庁は検視の結果、「事件ではなく、二人とも病死だ」と云っているそうだが、夫、義一が急死し、その死のアトを妻・千枝子さんが追った”後追い心中”の可能性もあるのではなかろか。大槻義一は映画監督としては、TBS系・テレビ連続ドラマで人気があった「七人の刑事」を松竹で劇場向け映画としてつくっている。

 こうした高齢者の”不幸”を聞き、「傘寿」をとうに過ぎたわが身に照らして、ちょっと気になるのは、万一の場合、警察署や消防署に電話して、救急車がはたして何分で、われらが事故現場に駆けつけてくれるか、という問題である。総務省消防庁の調べによると、昨2010年、全国平均で救急車がやって来る時間は、電話等で知らせてから、8分06秒で、一昨2009年より 12秒 遅かった。47都道府県別に救急車の到着時間みると、ナンと東京都がいちばん遅くて 9分42秒 で、続いて宮崎県が 9分12秒、福島県が 9分06秒 という順だった。逆に、救急車の到着が最も早かったのは、富山県で 6分42秒、ついで京都府が 6分54秒、北海道が 7分03秒 という順だった。   (R・H)
高倉健と私の荊妻は、八幡西区香月の池田小学校で机を並べて学んだ同級生で、彼は東筑中学に進み、家内は折尾高女に進んだ。また親しき友人H氏の従兄弟である。
私は傘寿を遙か越しても軽自動車を運転して、毎日図書館を訪問し、昨日は5人の知人を訪問した。高齢者の事故が多いので制限速度で走り、細心の注意を払っている。  (T) 

テーマ:日々のできごと - ジャンル:ライフ

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埼玉県草加市の”東洋一の旧公団団地”で、80歳の男性老人が孤老死、一年半もその死は気ずかれず
東京都心から東武電車・伊勢崎線などで約一時間、一昔前は少壮サラリーマンにとって垂涎(スイエン)の的だった草加松原団地(埼玉県草加市)の、四階建てアパートの三階の一戸から異臭が匂って来るのを、付近の住民が気ずき、先ごろ管理者の都市開発再生機構(UR)の職員がドアをコジ開けたところ、一人暮らしの孤老・男性老人(80歳)が遺体で横たわっているのを発見、処理した。ベッドに寝たままの自然死で、死後一年半以上、経っていた、といわれる。

こんなに遺体発見が遅れたのは、毎月の家賃3-5万円は、毎月、チャンと彼、自然死老人の銀行口座から引き落とされて、UR側に振り込まれていたので、UR側は別に気をとめていなかったらしい。この老人は身寄りがすくなく、郵便受けに手紙、はがき等はそう溜まっていなかった。

この草加松原団地における孤老老人の孤独死は、今年四月以後だけで、一人くらしの70歳代・老女が五月中旬、やはり孤老の60歳代・男性が11月2日、それぞれ死後、数週間の状態で発見され処理されている。今回の80歳・老人の孤老死で、計三件を数えるコトになる。

草加松原団地はURの前身、日本住宅公団が1962年(昭和37年)、賃貸住宅(アパート)として建設されたモノで、当時は戸数、5926戸をかかえ”東洋一の住宅団地”として大評判だった。その後、少壮サラリーマンたちは自己所有の一戸建てを買うか、造成するか、または更に都心に近い東京都内などのマンションに移るかで、草加松原団地の空家率は30%以上にのぼり、現在、そのまま住んでいる住民の39%は60歳以上の定年退職・年金生活の高齢者だ、とUR側は云っている。

草加松原団地は、80歳代なかばになった僕にとっても”忘れがたい”団地である。1964年(昭和39年)ようやく願いかなって、九州から東京に転勤した僕は、ここに一旦、転住を決めた。その後、種々の事情から、ここをアキラめ、東京駅から片道、一時間半かかる東海道線(湘南電車)の大船駅周辺の公田町団地(クデンチョウ、横浜市市栄区)に引っ越し、公田町団地に二、三年は住んでいた。四十五年以上も前の公田町団地は我がお隣りも勤務医夫妻などで、気力旺盛な青壮年カップルで”満員”だったが、今はここも空家率、踏みトドマっている高齢者住民率とも、いずれも50%前後に及ぶらしい。当時は何時も賑わっていたスーパー・マーケットも撤退し、残った高齢者住民たちは一週間ごとぐらいにヤッて来るトラックの”青空市”で食糧、日常必需品などを”調達”している、という。
【2011/12/19 11:34】 URL | R.H #- [ 編集]


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