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名古屋の平成維新。
2011/02/07 [Mon]08:27
category:放言
祝当選    河村たかし・大村秀章・北橋健治
北橋健治は、相手が共産党候補だから当然としても、河村たかしは、全政党相手に圧倒したから天晴れだ。
又大村秀章も、自民党推薦候補に圧勝した。これは名古屋の平成維新だ。
目も当てられないのは、菅直人と岡田克也の民主党執行部と谷垣・自民党執行部だ。特に岡田は、口汚く河村を非難攻撃し四度も名古屋に足を運び応援しながらこのザマだ。東大出て頭が良いかも知らないが、下々の国民の人情の機微も忖度(そんたく)できないとは、政治家失格だ。丸坊主になって禅寺にでも引っ込め。
名古屋の市民革命は、河村たかしが言うように、“税金を納める市民の苦しみをよそに、税金を食っている議員や公務員が福よかな生活をしている”のに、市民の怒りが爆発したのだ。
この勢いは、恐らくエジプトのように、全国の都市に燎原の火の如く拡がるだろう。
政治家どもよ!胆に命じておけ!  大相撲の八百長問題なんて、コマイ、こまい!   (T)
『民主、自民、公明など既成政党のワク組みにトラワれぬ北橋、河村、大村三氏が首長に当選、北九州、名古屋両市長選と愛知県知事選挙!』
 2月6日、投開票された愛知県知事選挙、ならびに名古屋、北九州両”政令指定都市”市長選挙の結果は、いずれも既成政党のワク組みを脱して、”市民への奉仕”を全面的にアッピールした各候補が大勝、当選し、与党の民主党のみならず、野党の自民、公明、共産などの各党も”顔をツブされた”形になった。北九州市では、前回2007年の市長選挙では、民主、社民、国民新三党の共同推薦を受けた北橋健治氏が、今回は当初からこれら三党の推薦をことわり、”市民党”代表と名乗って、見事に再選された。

 全国から最も注目されていたのは、名古屋市長選と愛知県知事選という同時ダブル選挙だったが、前者では元民主党衆院議員の河村たかし氏、後者では前自民党衆院議員の大村秀章氏が、モトの”古巣”を飛び出て、新たに”ムラ・ムラ(村と村)連合”を組み、市民、県民両税の一律10%減税をうたって戦い、それぞれ過半数にちかい票を得て、当選した。時事通信による投票後の選挙民調査では、名古屋市長選では民主党支持層の75%、自民党支持層の58%が、いずれも河村氏に投票していた。愛知県知事選では民主党支持層の56%、自民党支持層の48%が、いずれも大村氏に投票していた。名古屋市長選では、異例のコトながら、民主、自民両党が前民主党衆院議員(元犬山市長)の石田芳弘氏を共同推薦して河村氏に対抗させたが、民主党支持層の21%、自民党支持層の34%しか、この石田氏には票が集まっていない。ウシロに創価学会がひかえる公明党支持層さえ、名古屋市長選では53%、愛知県知事選では69%が、それぞれ”ムラ・ムラ”両候補に一票を投じている。
  愛知県知事選では、民主党が元総務省参事官の御園慎一郎氏、自民党が元内閣参事官の重徳和彦氏という”官僚あがり”を各両党推薦候補にして、応援したが、いずれもその得票率は民主、自民両党各支持層の三分の一にも及ばず、とくに民主側・御園氏は自民側・重徳氏の下位につくというヒドさだった。愛知県は一昔前の民社党時代から、民主党の”金城湯池”と呼ばれて来たトコロだっただけに、この惨敗による衝撃は大きく、菅直人内閣の前途にも暗雲を呼んでいる。
 なお河村たかし市長・持論の市民税10%減税に反対してきた名古屋市議会・解散へのリコール請求は、2月6日、同時に行われた住民投票で完全に成立し、3月にも各区で市議改選投票が行われるコトになった。
(R・H)

テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済

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あの”連合赤軍”浅間山荘立て籠り隊長、永田洋子がこの世にバイバイ、享年65歳!
これも重要なニュースだと、思うので、やはりお伝えする。”武力革命の元祖”毛沢東のゲリラ戦思想と、組織内部における綱紀粛正を学んで実践し、勝手に”恋愛ゴッコ”などに耽溺(?)していた部下12人を、次々に縛りあげ”殴る、蹴る”の処刑リンチを展開して、12人の若き男女を殺してしまった死刑囚、永田洋子が多臓器不全により2月5日、東京拘置所内で死亡した。享年、65歳。永田は最高裁における死刑確定後も、二、三十年間、死刑を執行されないまま生きていたが、二、三年前、脳腫瘍をわずらい、”国費(?)”で大手術を受けたのち、寝たっきりのベッド生活をしていたとか。

永田は東京の共立薬科大(現・慶応大薬学部)卒の薬剤師。在学中からマルクス・レーニン主義の”暴力革命”思想にかぶれ、薬剤師になってからは関東の病院を転々としながら、日本共産党に入党していたが、宮本顕治議長らの”平和革命”路線を”裏切り者”と弾劾し、みずから日共革命左派を立ち上げ、北関東や信越の山岳地帯に”根拠地”を求めて潜行していた。その間、日共革命左派を一緒にスタートさせた東京水産大卒の坂口弘(現在65歳)と、事実婚していたが、日共革命左派が共産主義同盟赤軍派と合流して”連合赤軍”を発足させてからは、”連合赤軍”委員長に就任した森恒夫(1944年うまれ)に、パートナーを乗り換え、自らも”連合赤軍”副委員長として、森=永田”独裁”体制をしいていた。森は1972年2月、長野県北軽井沢町の浅間山荘立て籠リ事件で、妻(?)洋子とともに、逮捕され、やはり死刑を宣告されていたが、世をはかなみ、1973年1月1日、29歳の春に東京拘置所内・独房で首つり自殺している。

永田らの”暴力思想”には、”弱者”を”殴る、蹴る”などの超暴力で気絶させ、彼らがよみがえったとき、強い”真の共産主義者”に生まれ変わるという不可思議な教義がある、ただ死刑囚として、拘置所暮らしも35年以上になり、その間、瀬戸内寂聴師とも文通しているうちに、徐々に”軟化”し、その死の数年前から、自省もこめた自伝「十六の墓標」上下二巻を上梓、出版させている。1960年代後半から1970年代にかけては、東大安田講堂籠城事件、日大学園騒動など、新左翼が跋扈(バッコ)する大事件が連発したが、当時の新左翼経験者の何人かが、仙谷由人前官房長官はじめ、与党、民主党の”お偉らさま”になっている。
【2011/02/07 09:51】 URL | R.H #- [ 編集]


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