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謹賀新年。年頭にあたり。
2011/01/01 [Sat]09:09
category:放言
     謹  賀  新  年
健康である限り、アクセス数30万に向かって書き続けることを誓います。
旧に倍してアクセス頂くと共に、一人でも多く輪が拡がるよう伏してお願い致します。

『近親憎悪』 死に物狂いで政権交代のため民主党を応援してきただけに、昨今の内政・外交の不手際に“可愛さ余って憎さ百倍”。菅総理の念頭所感の第一は名指しこそしないが、相も変わらず、小沢一郎の処遇・追放である。中国の諺(ことわざ)にあるように“最初に井戸を掘った恩を忘れるな”。、彼の理念に、善し悪しは別として、政権交代の大功労者あることは、万人認めるところである。
私はそういった意味に於いて、菅直人・仙谷由人・岡田克也に人間として、猛烈な怒りを覚える。
一方、野党第一党の自民党も、政策論争不毛の体たらくである。「政治不信」極まれり。(T)  
喝!『「昭和末期から平成うまれの日本人若者は根性なしで、みんなダメ」と、文化勲章・受賞の世界的建築家、安藤忠雄氏(69歳)が御託宣!!』
 世界的に著名な大建築家で文化勲章を受賞し、東大特別栄誉(終身)教授でもある安藤忠雄氏(69歳)は、週刊ポスト・2011年1月7日号に所論を寄せ、日本も30歳以下の若者になると、まったく覇気がなく、この国をさらに衰運に導く、と慨嘆した。安藤氏が寄せた所論の題は「1980年以降に生まれた日本人は皆、ダメなり」となっている。つまり昭和55年以降の昭和末期と平成年代に入って生まれた若者は「根性なしの無気力者」と、一刀で切り捨てられているのだ。安藤氏の所論概要は、次のとおり。

 (1)第二次大戦戦後、がんばって、世界第二の”経済大国”にまで発展した日本に、生まれて育った親たちは、未来永劫(エイゴウ)に、この国が発展して行くモノと誤解、過信して、その子どもたちを、甘く過保護に教育した。
(2)1980年以後に生まれ育った今の子どもたちは、過保護のせいか、まったく自立心がない。10人に1人も、我われ親世代に「何を言いやがる」と反発してくる若者がいない。
(3)彼ら1980年以降うまれの若者たちは、幼稚園時代から、一流校をめざして、塾通いさせられたり、家庭教師に学ばせてもらって、他人頼みで勉強し、試験に受かって大学に入ったコロは、アタマが朦朧(モウロウ)として、読書ひとつしようとしない。これでは、自立した責任感のある大人は、育たない。
(4)いまどき本当に気力がある年代は、多少、あの大戦争か、終戦直後の極貧を知っている70代後半から80代の”後期高齢者”だけだ。彼ら”古い日本”を知る層が、いなくなったら、祖国・日本はどうなるか。個人的にも、組織的にも、政府、企業はハッキリ”未来・日本”の目標を打ち立て”人ずくり”して行かねばならない。
(5)ひとりひとりの個人が自立して、責任感と緊張感を持って、競り合い、”強い日本”を築き上げて行かねばならない。

 、いわば”戦中派”でもあり、終戦直後の”戦後派”でもある安藤氏は、高卒だけの学歴で、20代初めはプロ・ボクサーの道に入ったが、転身して、20代なかば欧米を約4年間、放浪して、その間に建築学を独学で勉強し、帰国後、今日の大をなした。   (R・H)

テーマ:これでいいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  COMMENT(1)
この記事に対するコメント
日本国の天皇は北京、実力者の自分は寧波に、豊臣秀吉の大アジア征服の夢、実は逆夢!
いささか時代錯誤のソシリを免れないだろうが、お正月だから大げさなハナシをしよう。電気通信大名誉教授で、独文学者としても功なり名をとげている半面、保守的な民族主義者としても名高い西尾幹二氏(75歳)が、このほど安土・桃山時代の英雄、関白・太政大臣、豊臣秀吉が大アジア征服、ひいては世界征服という、トンでもない夢をいだいていた、という新(珍?)学説を発表した。豊臣秀吉は日本全土の武力統一後、文禄元年(1952年)”第一次朝鮮征伐”をおこし、加藤清正、小西行長らの武将が率いる派遣軍(?)15万が釜山上陸後、わずか20余日で、韓王朝の首都、漢城(現ソウル)を陥落させたのに、気を良くし、西尾新学説によれば、以下のような書簡を、甥の身ながら養子だった豊臣秀次(のちに切腹させられる)に送った、とされている。

<1>朝鮮半島から旧満州(現東北三省)から中国中枢部に攻め入り、明国を打倒し、北京を”大日本国”の首都とし、当時の後陽成天皇に遷都して頂く。
<2>わが”派遣軍”はさらに華中、華南を征服し、”大日本国”政治、経済の中心地を、東シナ海に臨む良港、寧波(セッ江省)に置き、秀吉自身がここに城を築いて、住みつく。
<3>わが”派遣軍”は明国占領後、さらに今の東南アジアから天竺(現インド))に進撃して、”大日本国”は大アジアを全部、領域とする。

しかし、以上の夢は正夢ではなく、逆夢で、文禄二年(1593年)、朝鮮半島に反撃して来た明軍にわが”派遣軍”は破れて、九州に退却した。慶長元年(1596年)おこされた”第二次朝鮮征伐”は”第一次”以上の大失敗を味わっている。つい七、八十年前の昭和時代、日本軍国主義者(?)が先走りしておこした”大東亜戦争”も、一時はオーストラリアやインドの間近かまで兵を進めたが、米、英ら”連合軍”の大反撃にあって、敗戦の苦辱をなめた。
【2011/01/01 14:02】 URL | R.H #- [ 編集]


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