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今年は「琉球侵攻」から400年目、「琉球処分」から130年目、鹿児島、沖縄両県議会議長が連携声明 我が国のマスコミが意識的に目をそらしている沖縄の問題に触れてみよう。
第一は、沖縄県は中世、「琉球王国」という小さな”独立王国”だったのを、1609年(慶長十四年)3月、島津家を藩主にあおぐ薩摩藩が軍船を繰り出して、武力侵攻し、首里王宮(現那覇市首里)を陥れ、同王国を付庸国(保護領)にした「琉球侵攻」から、今年で400周年になる、という事実である。第二は、明治政府が西南戦争直後の1879年(明治十二年)4月、いぜん薩摩藩の”間接統治”下に生き延びていた「琉球王国」の尚・王朝を廃し、「沖縄県」を新設した「琉球処分」から、今年で130周年になる、という事実である。
いまさら僕は上記二大歴史的事実を責めているワケではない。日本の大民俗学者、故柳田国男氏が「海南小記」や「海上の道」で示唆しているように、我が大和民族の本流は”琉球弧”から来ている、と思う。政財界とも、沖縄県を別格扱いせずに、むしろ九州七県との合同知事会や共同物産市を、モッと頻繁に開くべきだ、とも考える。その点で、金子万寿夫・鹿児島、高嶺善仲・沖縄両県議会議長が11月4日、「琉球侵攻」400周年を記念して共同声明を発表。離島振興、空路増設などで連携を深める、と述べたことに賛成する。
ただ、上記「琉球侵攻」と「琉球処分」を”琉球弧”の歴史で、マイナス材料としてトラえる一部グループが存在することも、否定できない。僕が在京・大マスコミの特派員として、米軍政下の那覇に駐在していたころ、ごく少数勢力だったが、「琉球独立運動同盟(?)」があった。いまもブログを見ていたら、南のウチナワ(沖縄)と、北のヤウンモシリ(北海道)とを一緒にして、ウチナンチュウ(沖縄の民)と、アイヌ族という、南北先住民の権利を優先、確保すべきだ、という会があることを知った。太古、”弥生人”に追われた”縄文人”の血脈が、連綿として南のウチナンチュウ、北のアイヌ族に引き継がれている、というのである。
【2009/11/05 18:41】
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